微睡 (1)

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「一体何回やったら気が済むの、あんたって男は!」
 ブルマは金切り声を上げ、轟音を伴う衝撃で開いた重力室外壁の裂け目に、憤然と顔を突っ込んだ。もうもうと立ち込める埃をまともに吸い込み、顔を顰めて激しく咳き込みながら男の姿を探す。
「ちょっと!ベジータ!」
 だが塵煙が薄くなり、小さな砂礫がパラパラ落ちる音が止むと、その内部はしんと静まり返った。彼女は再度男の名を呼び、それから耳を澄ませたが、返事はおろか、何かがうごめく気配さえ無い。
「ベジータ?」
 怒り狂いながら、それでもさすがに心配になってきた。彼女はちぎれて飛び出している無数の配線で感電しないよう用心しながら、一際大きな裂け目から内部に身体を滑り込ませる。
「ねえちょっと、大丈夫なの?」
 崩れた建材を踏みふみ、まろびそうになりつつ奥へと進む。
 やばいわ。誰か呼んだ方がいいかも。瓦礫を掻き分けて彼を捜しながらそう考えたとき、奥で建材の小山が崩れるがらがらという音が響いて、その下から男が立ち上がった。後姿なのでよく分からなかったが、動けないほどの外傷は無いということなのだろう。彼女はほっと息を吐き、その背を睨みつける。
「派手にやってくれたわね」
 腕組みしながらそう投げつけたが、反応は無かった。そのまま彼は振り返り、眦を吊り上げている彼女の傍を、その姿が見えていないかのように無関心なままさっさと通り過ぎる。そうして出入口に辿り着くと、既に機能を果たしていない扉を外に突き落とし、そこに開いた四角い穴から芝生の上へ降りた。怒りに体を震わせ、遠ざかる背を刺さんばかり睨みつけていた彼女は、もう我慢できないと一言叫ぶと、男が開けた出入口の穴から彼を追って外へと飛び出す。
「ちょっと!待ちなさいよあんた!!」
 彼女は広い中庭を横切って歩く男に追いつき、正面に回りこんで仁王立ちした。
「返事くらいしたらどうなわけ?何無視してくれてるのよ!」
 憤怒の形相を浮かべ、大声で怒鳴る。
「あんたね、あんたのせいでねえ、あたしちっとも自分の仕事が出来ないのよ!!何回も何回も壊してくれちゃって!どういうつもり!?なんでもうちょっと丁寧に扱えないのよ!!」
 だが男の視線は彼女を通り過ぎている。目を合わせようともしない。
「こっち向くくらいしたらどうなのよ!」
 思わず彼の両肩を掴み、叫んだ、その時だった。
「きゃあ!」
 男の体から電気のようなものがスパークし、彼女の手を鋭く刺した。思わず男を突き飛ばしたが、芝生の上に尻餅をついたのは無論彼女の方である。
「痛いじゃない!何すんのよ!?」
「さっさと修理しろ」
 自分を見上げて喚く彼女にそれだけ言うと、男は再び歩き出した。彼女は唇をかみしめて立ち上がり、スカートの尻についた草を払うこともせず、建物の入口を潜ろうとしている彼の進路を塞いで再び立ちはだかる。
「ちょっとは手加減したらどうなの!」
 腰に両手を当てて仁王立ちしている彼女をまたも無視し、男はその脇をすり抜けようとした。
「待ちなさい!」
 叫び、男の腕を取る。刹那、かっと振り返った男に両手の自由を奪われた。
「いい加減にしろよ、貴様」
 男はそのまま彼女の両手首を正面玄関脇の壁に押し付け、低い声で静かに言った。今まで感じたことの無いその殺気に、彼女は内心竦み上がる。目は辛うじて男を睨んでいたが、唇の震えを抑えられない。男は彼女に顔を近づけ、一層静かに恫喝する。
「もう一度言う。すぐ修理に掛かれ。それから」
 彼女を縛めていた自らの右手を解き、それをゆっくりと細い首に掛けた。男の顔は息の掛かりそうな距離まで近付いている。足元の白いコンクリートの照り返しが、黒い瞳を鈍く光らせる。
「解っていない様だがな、俺は充分手加減してるんだ」
 男は、彼女の華奢な下顎から鎖骨の中心のくぼみまで、右手の指先でするすると撫で下ろした。そこで指を止め、先端を僅かに埋める。
「い・・」
 いやだ、と拒絶の言葉を発する事は出来なかった。それすらままならないほど、彼女の身体はこの急激に襲ってきた恐怖に凍りついている。
(怖い)
 限界だった。隠し切れない。視界が、涙で薄く滲む。
(殺される)
 かもしれない。そう思ったとき、右手の縛めが緩んだ。彼女の瞳にはっきりと浮かんだであろう恐怖の色を確認し、目的を果たしたと感じたのだろう。男はそのままふいと身体を離し、背を向けた。
「さっさとやれ」
 言い捨て、建物の中へと消える。
 解放され、彼女はどおっと息を吐き出した。膝が細かく震え、立っているのがやっとだった。だが暫しの放心から浮上すると、再び怒りが湧き上がってくる。
 心配して損したわ。死んじゃえばいいのよ、あんなやつ。誰が修理なんかしてやるもんですか。
 ひどい有様の重力室を睨み据え、彼女は本気でそう考えていた。


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