ひどく眩しくて眼が覚めた。
何故自分はこんなところで眠っていたのだろう。ブルマはリビングのソファの上で考え込んだ。
(・・・そんなに飲んだのかしら)
だが、酒のせいで覚えていないのだとは考えにくい。自分は昨夜、酔うほど飲みはしなかったはずだ。大きな窓から差し込む朝陽と、それを照り返す痛いほどの雪の白さに目を細めながら、彼女は記憶を辿ってゆく。
(ここであいつと飲んでたのよ。そしたらあいつが酔っ払ってグラスを握りつぶして、ケガしたのよね。手当てして・・それから重力室に入って・・)
男が超化するのを目にしたのだ。
その姿を思い起こして、彼女は思わず口元を綻ばせた。やってくれるとは思ってたけど。まあ、このあたしがあれだけバックアップしたんだから、当然といえば当然よね。
(待って、なんでそんなことしたんだっけ・・・ああそうか、重力室の強度が足りないって話だったんだわ。この位やるとショートして、この何倍だとヒビが入って、みたいなこと言ってたわね。それから・・・)
それからどうなったのだろう。記憶はその辺りから曖昧になる。
(・・寒いし、部屋に戻ろうと思って、出口に向かって歩いてたら、なんか大きな音がして・・・)
音に驚いて振返った。視線の先には、深い闇。そこで、記憶は途切れている。
そうだわ、何だったのかしら、あの音。
現場を確認せねばならない。彼女はソファから降りて、自分を覆っていた毛皮を羽織ってリビングを出る。ソファの肘掛部分を枕にして眠っていたせいだろう、少し頭がズキズキするが、すぐに治まりそうだった。
玄関を出た所で、戻ってきた両親と鉢合わせした。
「おお、ブルマ」
「ブルマさん、どうなさったの?会社の方にも顔を出すって言ってましたのに。皆さん残念がっていらっしゃったわよ」
あちこちに顔を出して少なからず疲れているはずだが、その様子も見せず、両親は仲良く腕を組み、朝陽の中でのんびりと笑っていた。
「ああ、ごめんね。なんか疲れちゃって。気が付いたらリビングで寝ちゃってたの」
嘘ではなかった。何となく疲れていて、会社のパーティーになど顔を出す気になれなかったのは事実だ。ソファで眠った経緯については何も思い出せないのだが。まあそうなの、お風邪ひかなかったかしら?と少し心配げに訊ねる母に、ううん、なんか暑いくらいだったわ、と答えて、はっとした。
そういえば、部屋が暑かった。廊下を歩いていて、なんだかひんやりしているように感じられたのは、リビングとの温度差のせいだったのだろう。窓の傍で燦々と降り注ぐ朝陽を浴びていて、そのせいで暖かいのかと思っていたが、広いリビングを通り抜ける間中、温度差は感じなかった。
両親と別れて、彼女は重力室に向かう。踏み出す毎に、足首の上まで雪に埋まった。彼女は、靴を履き替えてこなかったことを後悔しながら、スカートを持ち上げて一歩ずつ進む。
(・・・こりゃすごいわ)
開きっぱなしになっていた出入り口から重力室内部を覗いて、彼女は絶句した。ハイヒールで進入出来る状態ではなかった。天井が落ち、大小の瓦礫が床を埋め尽くしている。壁も一部が崩れている。これでは床材も無傷ではあるまい。
(どうせ建て直さなきゃいけないし、手間が省けたってもんかもしれないけど)
雪の上に降り立ちながら、彼女は考えた。
昨夜の記憶の最後の部分に残るあの大きな音は、この崩落に際するものだったのだろう。何故、自分はこうして無事でいるのか。今頃あの瓦礫の下で冷たくなっていてもおかしくなさそうだが。
(・・決まってるわね。ちょっと想像し難いけど)
重力室の大切なメンテナンス要員である自分を、ベジータが助けたのだとしか考えられない。あの場に彼女と一緒にいたのは彼だけだったのだから。そこまでは、ほぼ確定だ。
(問題は、その先よね)
廊下を戻りながら、彼女は考え込んだ。助けられたにしても、何故そこから先の記憶が消えているのか。どんなふうに助けられたのかも覚えてないというのはどういう訳なのか。
(・・・瓦礫で頭でも打ったのかしら)
だが、先ほどまでの軽い頭痛でさえ、はや治まりつつある。頭を触ってみたが、傷らしいものは無いし、痛むところもない。彼女は首を傾げながらリビングに入り、コートハンガーに上着を掛ける。そのとき、昨夜外出から戻って全く同じ事をしたのを思い出した。
自分はさっき目覚めたとき、肩からこの毛皮を羽織っていた。
コントローラーを確認すると、やはり暖房の温度が通常より高く設定されている。
何が理由なのかは分からないが、おそらく気を失っていた自分を、誰かがここへ運び入れ、ソファに横たえ、部屋の暖房を強くし、この上着を被せたということだ。
誰が?
彼女は鼓動が早まるのを感じた。馬鹿な。あの男がそんなことするだろうか。