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 僕そろそろ戻ろうと思います、と悟飯が切り出したのは、彼の十七歳を祝う晩餐の席上であった。多忙な上に物資が窮乏する中、ひと月ほど遅れて催されていたのであるが、彼を囲んだブルマとトランクスは唐突な申し出に一瞬ぽかんと口を開いた。
「もどるって、どこに?」
 と訊ねたのは、八歳になって間もないトランクスだ。彼が物心ついた時には既に、悟飯は生活を共にする家族だった。
「パオズ山にさ。話したことがあるだろう?平和だったころ、僕がお父さんやお母さんと暮らしてた所だよ」
「じゃあこの家を出ていっちゃうの」
 と悲しげに口をへの字にするトランクスに、
「毎日だって会えるさ、僕らにとっちゃそんなに遠いところじゃないんだから」
 君の修行もあることだしね。と悟飯は子供の顔をきちんと見て、目元を緩めながらそう返した。だが地上や空の移動は人造人間を警戒しつつ行わねばならないので、現実にはそう毎日という訳にはいかないのだろう、とブルマは思った。
「十七だものね、独り立ちしたくなる年頃だわ」
 あたしにも覚えがあるわよ、と彼女は懐かしそうに笑った。
「いいわ、地下都市の方もほぼ整ったし。もう四六時中悟飯君についててもらわなくても、皆で何とかやってけるわよ」
「そんな、僕なんて何の役にも・・」
「何言ってるの、あたしもみんなもどんなに心強かったか」
「でも、僕はまだ人造人間達に及ばないもの」
 俯き、悟飯は低い声で唸るように言った。
「悟飯君」
「僕、もっともっと修行して強くなりたいんです。早く奴らを倒せる力をつけなきゃ、僕一人生き残った意味がないんだ」
 見殺しにした―せねばならなかった―仲間の事を思い出したのか、悟飯は小さく唇を震わせた。
 この七年間で多くの人々が命を落としてきたが、悟飯はそれも自分のせいだと感じている節がある。自分さえもっと強くなれていたら、彼らは死なずに済んだはずなのに、と己を責めているのだ。実際は、逆だった。悟飯がいたからこそ、まだこれだけの人々が生き残っているというのに。
 人造人間とそこそこ戦えるようになってきたのは、ここ数か月のことだ。だが彼は幼いころから、頭を使うことを知っていた。師匠であったピッコロの影響が大きいだろう。父の悟空を凌駕する部分だ。まともにぶつかることだけが戦いではない。先回りして先手を打ったり、道具を使って攪乱したり、囮になったり。あらゆる手を尽くして彼は人々を殺戮から守った。戦士が自分一人になってしまってからは、むやみに飛び出して行くこともなくなった。今は未熟な自分こそが、たったひとつ残された未来の種子なのだと解っていたからだ。人々が殺されてゆくのを感じ取り、死ぬより辛い思いを幾度も味わったはずだが、耐えてきた。それこそが彼に比較的早い超化をもたらした訳だが―
「独り立ちとか、そんなんじゃないんです。ただいつまでもこうやって御厄介掛ける訳にはいかないですし」
「あたしたちは、悟飯君を家族だと思ってるわ。ここに住むように勧めた時から、あたしはそのつもりでいたんだから」
「ありがとうございます。でもそれだけじゃなくて、独りにならないと―孤独にならないと出来ない種類の修行もあるので・・」
 そう、とだけ答えて彼女は頷いた。具体的にそれがどういうものなのかは知らない。だが自分のことより他人のそれを優先させてしまう彼の性格から考えて、今の状況では修行に専念できない、というのが本音なのかもしれないとは思う。
「でも、ここも悟飯君の家だから。気が向いたら、また戻って来なさいよね」
 ええ、と悟飯は再び表情を和らげた。容貌はびっくりするほど彼の父に似ていたが、あのこぼれるような屈託無さの代わりにその顔に浮かぶのは、自身幾度か死線を越え、また数えきれない人の死を越えた、齢には似合わぬ寂び(さび)を含んだ笑みだった。



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