あらしのよるに


「ちょっと、寄って来ないでよ」
「誰が寄ってる!この寝床が狭すぎるんだろ!」
「ベッドはこれ一つしか無いんですからね、真ん中からこっちには来ないで頂戴よ」
「頼まれたってお断りだ。ソファも無いってどんな安モーテルだ、くそ・・・それにしても何故一室しか空いてないんだ?」
「決まってるじゃないの、書き手の都合よ」
「・・・まったく、冗談じゃないぜ」
「あら、じゃあ野宿でもしたら?こんな美しいレディと同衾できる幸せが分からないなんて、あんたはつくづく可哀想な男だわ」
「だから同衾とか言うな!第一出てくってんなら貴様が出てきゃ良いだろ」
「馬鹿なこと言わないでよね!あたしはか弱い女なのよ、こんな大嵐の中に出てったりしたら死んじゃうじゃないのよ!」
「ふん、軟弱な奴め」
「だからあんたが出てったらいいじゃないの、だいたい宿代誰が出したと思ってんのよ」
「ああ分かった」
「え、ちょっと、ほんとに出てくの?」
「これじゃ、どのみちうるさくて眠れんからな」
「嘘でしょ、あんたあたしをこんな所に一人にしていくつもり?」
「貴様が出てけと言ったんだろうが」
「鍵もロクに掛からないようなこんな安モーテルに、あたしみたいな美女が一人でいて無事で済むと思ってるわけ?フロントのオヤジのあのいやらしそうな目付き!おまけに隣に泊まってるあの貧相なネズミみたいな男見た?さっきすれ違ったとき、あたしのこと舐めるように・・」
「自意識過剰とはよく言ったもんだな。で、それが事実であったと仮定してだ、俺に何の関係がある?だいたいここに泊まろうと言い出したのは貴様の方なんだぞ」
「しようがないでしょ、嵐になっちゃったんだから。カプセルハウスなんかそうそう持ち歩いてないし」
「言っとくが、俺はボディガードとしては最悪の男だぞ」
「え、それ襲うぞ宣言?
そんなわけあるか!何か起こっても手は貸さんという意味だ!」
「いいわ、ちょっとくらいなら触っても
「何を言い出すんだこの阿呆!話を聞け!
「ね、ね、お願い、一緒にいて。真面目に危ないもの、ここ」
「・・武器くらい持ってるんだろ」
「小型銃は持ってるけど・・」
「じゃあ問題ないだろうが。自分の身くらい自分で護れ」
「ひどーい!!こんなに頼んでるのに!鬼!悪魔!人でなし!」
「全員俺より親切だろうぜ」
「そんな事言わないでよ・・あんただってこんな嵐の中に出てくよりここの方がマシでしょ?夕食だってまだなんだしさ、ここに居たらピザでもなんでも運んでもらえるじゃないの。味は保証できないけど」
「貴様の料理よりまともである事は確かだな」
「?なんか言った?」
「いいや、こっちの話だ。だがそう言われりゃ確かに腹は減ってる」
「でしょ!」
「生憎お前と違って宿も飯も自分で調達できるが」
「そんな・・」
「ま、わざわざ狩に出るのも面倒だしな、居てやってもいい」
「ホント!?」
「その代わり、俺の命令に従ってもらう」
「・・・触るだけよ」
「だから下品な事を抜かすなと言ってるんだ!
「じ、じゃあ何?なにさせる気よ?」
「ふふん、そうだな・・・」
「あっ!触るんじゃなくて触らs」
「黙れ」
「・・・もうー、早く言いなさいよ」
「先にメシだな。そのあとたっぷり・・」
「ほらあ!やっぱりそうなんじゃない!弱味に付け込んで、このケダモノ!」
「何の話だ」
『たっぷり可愛がってやる』って言ったじゃないの!」
「どんな幻聴なんだそれは!誰がそんな事言った?『たっぷり時間を掛けて考える』と言おうとしただけだ!」
「・・あ、あそう?言ってない?ハハハ」
「・・もういい、とにかくここを出るまで喋るな。一言もだ」
「あ、それが命令?」
「・・ああそれでいい、それで貴様が静かになるんなら安いもんだ」
「わかったわ、朝まで絶対喋らないって約束する」
「ふん、もつとも思えんがな。じゃあとりあえずメシだ」
「・・・・・」
「どうした、フロントに電話するんだろ」
「・・・・・」
「なんだその身振り手振りは・・・な、なに?俺に電話しろってのか!?」
「・・・・・(カチャ、ピ、ポ、パ)」
『はいフロント』
「っておい押し付けるな!・・なに?・・約束だから?自分は、太陽が昇るまで?喋れない?」
『もしもーし』
「・・ぐ・・・くそ・・・・・俺だが」
『はあ?イタズラなら切るよ』
「ま、待て、切るな!食事を・・」
『ああデリバリー?この嵐じゃねえ、来てくれるかどうかわかんないけど。で、何取るの』
「何がある」
『近くに「納豆食堂」てのがあるけど』
「メニューは」
『納豆丼と納豆そばと納豆うどんと・・』
「・・・納豆以外のメニューは」
『無いよ、納豆専門店だもん』
「他の店にしろ」
『納豆キライなのかい』
「進んで食う気にはならん」
『ああそうか、お連れの美人とイチャイチャするときニオイが邪魔だもんねヒヒヒ。でも納豆って精力つくらしいよ、二人とも食べたらお互い様だし良いんじゃないの?』
「今すぐ殺されたくなかったらてめえの仕事をするんだ」
『へえへ。そうさなあ、この雨でも来てくれそうなとこといや・・ああ「じゃこ亭」とかどうだい』
「縮緬雑魚しか無い店じゃないだろうな」
『そうだよ』
「・・・他には?できればにょろにょろしてないやつがいい」
『にょろにょろ?縮緬雑魚が?』
「生きてる時の蠢きを想像しちまうからな。第一『雑魚』って字が俺に相応しくない」
『「うなぎのねどこ」って鰻重の店があるけど、それじゃそこも駄目かい?』
「駄目だな、避けたい」
『ワガママなお客さんだねえ、あとはピザ屋くらいしか無いよ、近いとこじゃ』
「あるんじゃねえか、そういうオーソドックスなのが!それを先に言え!」
『ピザね。だったらベッドサイドの棚にメニューがあるから自分で頼んで』
「なんだと!」
『今使ってる電話置いてる棚だよ (ガチャ、ツーツーツー)』
「・・・おい切れたぞ、なんてフロントだ・・・ってもう寝てやがる!おい起きろ、命令は撤回するから貴様が・・・」
「スヤスヤ」
「・・・・・くそ」
「スヤスヤ」
「・・・・・・・・・」
「うぅん・・スヤスヤ」
「・・・(こうやって大人しくしてりゃ少しは見られるんだがな、この女)」
「スヤ・・・・・グー、グー、グワー、ゴォー」
「・・とか思った俺が馬鹿だった(ピ、ポ、パ)」
『はい、ピザバットです』
「『モーテルヤスイ』の124号室だが、デリバリーを頼みたい」
『はい、それでは30分ほどでお届けします』
「待て、注文を取らないのか」
『あ、そうですね。何枚お持ちしましょうか』
「その前にピザの種類を・・・何だこのメニューは?電話番号しか書いてないぞ」
『うちで扱ってるのはLサイズのプレーンピザ一種類だけですから』
「なぜそんなレアな店しか無いんだこの界隈は!」


2008.6.29 UP